2017年12月09日

路線バス旅

久しぶりに会いました。MAMA友忘年会のお誘いを受けまして。
MAMA友。。。こちらへ越して来てすぐ近所の幼稚園に中途入園。
そして小学校、中学校と、この地区の公立学校へ通わせた子供達も30歳過ぎてますから。。。
MAMA友達とも長くお付き合い頂いてます。気づいたら25年越え?幸せな事だと感謝しています。

original.jpg一次会は平岡イオンタウン内にある “ ちゃんぐん ”
どうやって行こうかな〜と思案。
来るはずのMAMA友の半数以上が飲めない人なので、
迎えに来てもらうのが一番無難。
タクシーでも、そんなにかからないはず。
そして15分間乗車のイオン行きのバスを含めて、
多数の路線バスが停車するバス停も歩いて5分ほどのところにある。。。

しばらく旅に出ていないよね。。。
バスの時間を調べたりせず、かなり早めに家を出た。
最初に来たバスに乗ってみる事にした。
遊びです、遊び
最初に来たバスは “北広島三井アウトレットパーク行き”でした。
36号線を超えてすぐの停留所で一瞬迷った。
ここで降りれば、タクシーもあるし、割と近いなぁ〜と。
でも、これじゃ知らない道全く行ってないしっ、もうちょっと遊ぶ事にした。
バスは羊ヶ丘通りから左折して終点地へ向かうと思いきや、通り越して真栄の住宅地に入って行く。
お〜〜〜、この辺りは来た事ないわぁ〜、小さい旅ねっ
新しくて立派な家ばかりが建っている住宅地をクルクル廻り、もうどの辺りを走っているのか全く???なった頃、
再度、見覚えのある羊ヶ丘通りに戻って来た。
バス前方には終点のアウトレットパークも見えて来た。
タクシーを呼ぶ事を考えたら終点まで乗って行ってしまう事にした。
終点・三井アウトレットパーク北広島。
そうなんですね、終点一つ手前までは札幌市ですが、終点は北広島市になるのですね。
よって、210円だったバス賃がいきなり330円に跳ね上がりました
渋滞のR36を目的地までタクシーで戻りましたら1700円弱。
無駄遣い?
いえいえ、手短ではありますけど、なかなか面白かったです。


一次会会場の“ちゃんぐん”さんも穴場的に美味しかったです。
sumibi2.jpg  kinpa.jpg
炭焼きでしたし、お肉は安値なのに美味しいお肉でした。 キンパという韓国海苔巻きは特に好みでした。

久しぶりに会う昔『MAMA友』、今『BABA友』は、一人を除いて皆、孫有りです。
一次会〜二次会と、まあまぁ賑やかに話に花が咲きましたが
BABA5人全員の意見一致が「なんやかんや言っても、やっぱり孫の可愛いさと子供の愛おしさは違う」と。
海に溺れている孫と子供…
小さな孫ではなく30歳過ぎの娘や息子を助けてしまうだろうと、全員一致で合点でした。
世間一般的に言われているのとはチョット違うので、私の感情は稀なのかな?と思っていましたが、
なぁ〜んか安心
そうよね、そんなもんよね

私は…いつか、ここを離れようと、わりと最近まで考えていたのですよ。
ここは貸すなり売るなりして、
割と都心の賑やかで便利な所に1DKくらいの小さなマンションを買って老後を過ごそうと。
でも…
子供達が育ったこの地域で、この家で、『帰って来る実家』として巣を張っていてあげようかなぁ〜という…
そんな穏やかな気持ちが芽生えてきています。
私、きっと、いい感じで、老いてってます(爆)




posted by shin at 23:59| Comment(12) | ☆出先で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月26日

『オーデュボンの祈り』

最近この作家さんに、はまってます。
KIMG1409.JPG一応ミステリー作家なのでしょうか?
この独特の世界観は
ミステリーの枠の中に収めていいのか?

『オーデュボンの祈り』  BY 伊坂幸太郎

デビュー作品だそうです。

東北・牡鹿半島をずーっと南に行っところにある奇妙な島が舞台。
150年間、外との交流をほとんど持ってない住民。
変な住民ばかりの島に辿り着いた主人公が、ただただ島民を訪ね歩いてるだけなんですけど…
リンクの仕方が裏切ってくれます。
そして
この作者の本は他の作品もですけど
本を読み終えて最後に閉じた時、
高級な日本酒や高級なワインで幸せな酔い方をした感じで眠りにつけます。


posted by shin at 20:10| Comment(0) | ★活字中毒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月25日

近況報告

母の記事を最後に長い間放置していたのでご心配して下さった方もいらして、申し訳なく思っております。
おかげ様で、母も元気に退院して来ております。
ので。。。
私の優雅で気ままな独り暮らしも終わってしまいました。。。

今年も残すところひと月チョイなんですねぇ〜
昨夜の第一弾から忘年会シーズンの幕が開いてしまいました。

↓ 昨夜の “ 岩風呂 ” という料理名の物です 
20171124_192514044.jpg
あまりに色気のないアルミ小鍋で笑っちゃいました。

↓ 中身は様々な貝類でした
20171124_192757804.jpg
うっかり沸騰させてしまったせいもあると思うけど、ちょっと期待外れちゃいまして。

思うに最近
ダッチオーブンを買ってから
自宅でもダッチでしょっちゅう貝類の酒蒸しとかを酒の肴にしているんですね。
それが美味しいんですよ。
多分
料理における鍋の力って大きいのだろうと思います。

まずは
わたくしの生存報告までに 


posted by shin at 21:38| Comment(6) | ☆日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月03日

母の事。。。

数日間の頭パニックから、やっと立ち直れたと思う。
泣かないでいられる様になった。

記事…どうしようか迷ったけど、今の気持ちを日記として残しておく事にした。
気持ちが変われば、いつでも非表示にも消去もできるしね…


幼い頃から私は父が大〜好きだった。
一般的に考えて、しょーもない駄目男だと思えなくもないが、全部ひっくるめて大好きだった。

そして、正直母とは幼い頃から相性が悪く…成長途中の様々な出来事の中で、更に更にと嫌いになる出来事が上塗りされて…
大人になってからも益々上塗りされ…
弟夫婦に対する私の愛情から、母は私が引き受けるしかないなぁ〜と同居を決めてからは、
なおいっそう拙い状況で…
まるきり離婚前数年間の私達元夫婦の様な空気感を思い出す様な…(爆)

大好きな父が亡くなって、もうじき13年になる。
13年前、私は涙の一粒も流さなかった。
ずっ〜と “父さんっ子”だったわけだから悲しかったのは悲しかったのだけれども…
泣かなかった!
だけでなく…正直 “ほっ” と安心した心模様もあった。
カクシャクとしていたはずの父が水頭症&アルツで幼稚園児の様になり、
十数年一緒に母を裏切り続けた女性に棄てられ(そりゃ夫でもない使えなくなった男、棄てるよねっ)、
都合の悪い事はみ〜んな忘れて、母親に甘える様に古妻を頼って生きながらえて半年、
日中パタンと倒れ、そのまま夜中に亡くなった。
我儘放題、好きな様に生き抜いて、ボケてからはたったの半年、眠る様に半日で亡くなった父。
「 父さん、良かったんだよねっ、きっと。ずるいと思うくらい理想的に閉めたじゃん。今なら幸せな人ね 」と思えたし。
最悪な呆け行動を一人で24時間介護している母も、精神的に限界に近い状況がきていたし。
当然そうなれば、私達姉弟の手助けが必要だと考え始めていた時だったし。
回りにとっても、父本人にとっても、助けられた死のタイミングだった。
だから
大好きな父さんの突然の死ではあったけど、
死のタイミングまで、この人は我儘に自分で選んで決めたんじゃないかと思えたので、
この人らしい凄さだなぁ〜と送り出せたのだと思う。


先月末の母の定期検査で。。。
医者が病状が深刻であることをshinに言っても
何故かトンチンカンな先の相談をしたり、全く理解していないshinの言動に医者がイラッときたのか(爆)
「あのね、退院できるとは限らないので、その件は、もし退院できた時に」とか言われてもピンとこないshin。
もしかして無意識に知りたくなかったのかもしれない。
「ですから!もっと深刻な状況で、年を越せるかどうかです!」
「えっ?だって、今夜のうちに人口肛門の手術して下さるんですよね?」
「人口肛門も、今現在の苦痛の緩和治療に過ぎません。一つ一つ緩和治療対処していくしかありません。」
そこまで言われてやっと、それまでの検査結果の説明あれこれがストンと腹に落ちた。

小次郎とおんなじてっことか。。。余命宣告されて、やっと腹に落とす。

人口肛門手術は腸閉塞への対応であって
腸閉塞まで起こさせた癌細胞の治療はもうできるレベルではなく
この先は、あちらこちらの内臓が侵されて出てくる不都合や痛みを和らげていくだけしかできないと…

一緒に住むようになって2年半
母に冷淡・意地悪ばかりで、ちっとも親切にできなかったので…
後悔で頭も気持ちもパニックになってた数日間。
大好きだった父の死は悲しみを超えたところで受け止め、泣かずに送り出せたけど。
例え表面的だけでもいいから母に優しく接する事のできる大人になりたいと、多分十年以上前から毎年の正月の祈りにしてきた。
いまだに母に冷たい言葉、哀しい気持ちにさせることばかりしか言えないのに…
いなくなっちゃうって…情けなくて悲しくて…

なのに今日も、やっぱり険悪な言い合いで病院から帰ってきた…ホントにだめだめshinだっ。
shinの顔を見たとたん
「看護婦さんに凄い叱られたさ! 何度言っても繰り返す人なんですね!って言われた。 何あの言い方! 」とプンプン怒っている母。
トイレに行く時は危険防止の為、勝手に行かないでナースコール押してくださいねと言われている。
母は前回の手術後も、それを守れなかった人だった。
自分で大丈夫だと思うから大丈夫なんだと決めてしまう。
我が家でも火事を引き起こしかねない危険を避けるルールを母に言ってあるのだけど鍋や布巾をいくつも焼いている危機一髪が何度も繰り返されてshinと言い合いになる。
そうなのです、死が近い人とは思えなく言い返すので、看護婦さんも可愛くない婆だと思っていると思います(爆)
今回も看護婦さんを待っていたらオシッコタレてしまうと言い返したらしい(爆)
「紙パンツ買ってくるよ、フラフラ足取りで勝手に行かれて骨折でもされたらと病院の事情もあるんだから」と母の味方をしなかったshinに対して今度は腹を立てている…
「看護婦さん来るの待たなくても、せめてナースコールボタンくらい押してから行けるでしょ?」
「だってタレそうだから本当に無理。あんたも将来同じになればわかる。」
そして険悪なムードでshinが「帰るわぁ」と、行ってすぐに帰る毎度のパターン。
友人は、自分の親だと思うから腹が立つ他人だと思えばスルーできるじゃんと言うけれど…
もしかしたら
最後の最後まで
私は母に優しく寄り添えない気がする
それでもいいや! もう仕方ないじゃん! と、開き直ることにした。
産んでくれた母に感謝もしてるし、母は母なりの愛し方で精いっぱい育ててくれたことも理解している。
だから、もう無理せず、そのまんまで、いいことにしました。
こんなレベルです、あなたの娘、優しさ期待されても無理なんです、って。

それで持ちこたえます。


    
。。。時系列覚書。。。
posted by shin at 22:40| Comment(0) | ★母・娘として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一人ぽっち。。。

結婚式の友人代表の挨拶もしてもらった中学ん時からの親友が近所に住んでいる。
ってよりか、
旭川から引っ越しの時、彼女がこの地域に住んでいたからこの近辺が候補に上がったのも大きい。
地元の平岸か、ここいらか…平岸は家族四人が住む広さの家は超高くて選べなかったのもある(爆)

この親友〇とみは小さい時に父親を亡くしているので母親一人に育てられている。
優しいご主人の理解で90歳になる母親の世話をしながら看護師のパートにもでている。
女の子を二人育てて、一人は嫁に出し、もう一人はまだ実家暮らし。
この90歳の実母がボケてから10年以上は経つのかな…
もう今は世話をしてくれている自分の娘の事も誰だかわからない状態で、
食事も離乳食みたいな流動食しか摂れないし、ほとんど寝たきり状態だ。

ボケ始めた時は二人とも辛そうだった…
まだらボケで、しっかりしている時も多いので言い争いみたいになりやっかいなのだ。

それから段々、違う意味で大変な状態になって行くのを、時々見聞きしていた。
動けない今の方がいろんな意味で楽だと思えるほど大変そうな時があった。
冷凍室の未調理物や冷蔵庫の生魚も食べてしまったり
自分の股から手づかみにした排泄物を壁に擦り付けていたり、食べていたり…(爆)
それはそれはもう…

そんな悲惨な状況の数年前
親友〇とみが、shinとの茶飲み会話でフッと漏らした言葉
「だってぇ〜ばあちゃん(実母の事)死んじゃったら、〇とみ独りぼっちなっちゃうもん、嫌だぁ〜」
その時のshinには理解できなかった。
親友〇とみには「ママ大好き」と言う二人の成長した子供がいるし。
ましてやshinと違って夫もいて超仲良し夫婦ときている。
『 独りぼっち 』になりたくたってなれないじゃん!って思った。
理解できなかったけど、少々深い会話中の一言だったので、
安易に尋ねたりしないで黙って聞いていた。
shinは〇とみに払っている敬意が大きいので、
そのうちshinにもわかる時が来るのかもなぁ〜と思い黙ってた。

あの会話の時から何年かなぁ。。。最近やっと理解できたと思ってる。
そうだ
子供を必死で育てたからこそ
母がこの世から居なくなったら自分が独りぼっちだと感じる瞬間があるのだ。
申し訳ないけど…父親やったくらいじゃ無理でしょう(爆)

子供には子供の人生がある。勿論そんな理屈ではない。
そんなレベルなら、私には私だけの人生だってあるしねっ。
そうじゃなくて。。。

とってもとってもとっても限りの無い深い愛情で、無条件で子供達を愛して生きてきた。
全く可愛いくなくなった現在でも、やっぱり限りなく愛している。
それは子供達が私を愛している数百倍数千倍数万倍を超えて。
そんな確かな自信が母親にはあって、それを身をもって知っているからこそ!

誰よりも、何にも代えられないほど無条件で現在も愛してくれているのはshinにとってはshinの母たった一人。
〇とみにとっては愛情深い夫ではなく、
〇とみを自分の娘と認識できない90歳のボケた母親だと知っているのよね。
これは…母親業の積み重ねというか…
ボケてわからなくなっていても、〇とみの事は細胞が覚えているわけで、有機体が愛しているわけで、
ただ目の前の世話してくれている女が〇とみだと思っていないだけの話で…

母が死んじゃったら独りぼっちになるのよね、わたし。
世の中で一番、弟と共にshinを大切に想ってくれている人を失えば…

「ひとりぼっち」の感覚わかる人になれてよかった。。。
母から注がれていた証
shinがちゃんと子供達に注いだ証




posted by shin at 19:32| Comment(3) | ★母・娘として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする